松葉杖をついたバジル

隣に住む会計士のオバちゃん(といっても僕と同じか若いくらい)のところに学校の長期休暇を使って中学生の甥ポライト君が来ている。いつも暇そうに一人で校内を一日中ぶらぶらしている。しかもいつも何か食べ物を欲しそうな顔や挙動をしている。
ある日このあんまりにも暇そうで手持ち無沙汰な少年に「一緒にサッカーをやろうか」と誘ってみた。するとものすごく嬉しそうに「うん!」と返事をし、飛びついてきた。サッカーをやっているときも息を切らせながらも、楽しそうに球を追っていた。しばらくやって、「はいおしまい、俺はこれから走るけど一緒に走るか?」というとこれまたワクワクした感じで一緒に走り始めた。暗くなってからは危険で外に出られないので校内を往復するだけのランニング。彼はちょっと走り、ちょっと休みを繰り返しながらも僕と一緒に走った。

一緒に遊んでいて思った。彼はあまりこういう風にして父親もしくは兄、年長者と遊んだことがないのではないか?と。ここで暮らしていて気付いたのは、こっちでは大人が子供と遊んでいる風景をほとんど目にしない。子供同士で遊んでいても年長者(高校生くらい)も小さい子供に対して本気でサッカーをやって吹っ飛ばしたりしている。シングルマザーや出稼ぎによる不在で父親というものが極めて稀な存在であるように思う。だからポライト君はこうやって遊んでくれるおっさんが現れ、嬉しかったんだと思う。その後3日間サッカーを毎日やった。「今日もやるか?」と聞いたときの彼の嬉しそうな顔は忘れられない。

あるとき僕が育てていたバジルが誰かに踏まれて折れていた。僕が少し悲しい顔を見せたせいか、ポライト君は咄嗟に小枝を使ってバジルの松葉杖を拵えてくれた。僕はこのときほど南アに来て心が温かくなったことはない。ちょっとこっちの人の冷たさに疲れていた頃だったのでとても嬉しかった。


そんな彼だったが、あるときに僕の食べ物を盗んだ。ちょっと信用してきており、リビングに勝手に出入りさせていたのだが、テーブルの上にあった干し肉を丸ごとごっそり盗ってしまった。すぐに気付いて問いただすと、「ごめんなさい」と言って彼が座っている後ろから出してきた。少し彼を信じてきていたこともあり、僕はすこし傷ついた。それからテーブルの上に置いておいた自分の残酷さを後悔した。腹が減っている子供の前に食べ物を置いておいたら、盗ってしまってもしょうがない。でも悪いことは悪い、今怒らないと意味がないと思い、叱った。子供を叱ったことなんてない僕はしっかり叱ることもできず、最後には「もう二度とうちに勝手に入るな!」と言って引っ込んでしまった。
部屋に入ってからは自責の念から、しばらく何も手に付かなかった。あぁ、どうしてテーブルに置いたままにしてしまったのだろう。あそこになければ彼は盗むこともなかった。八割は僕の責任かもしれない。でも今後の彼のことを考えると、盗みは盗みで悪いことは悪い。明日ゆっくり話そう。と思っていた矢先、彼は実家のほうへ帰ってしまった。機を逃した僕はただ単に彼をいたずらに傷つけただけかもしれない。彼は一年に一度しかやってこないようで、もう二度と会えないかもしれない。
今日も松葉杖をついたバジルが僕を反省させる。