ストライキ2

まだ生徒が来ていない教室で授業の準備をしていると、警備員のアニータがやってきた。
昨日より始まったストライキの様子を携帯で撮った写真で説明してくれた。
アニータもおしゃべりが好きで、1を聞きたくて聞くと5くらいを教えてくれる。
そして、何か酷い事や面白い事を話しているときに時たま挟まれる彼女の感情の高まりを示す、
「hよぉ〜っ」
が僕は好きだ。
これは彼女に固有のリアクションであり、彼女からしか聞いたことはない。
たとえばこんな感じ。
「昨日のストライキで道路が閉鎖されて、hよぉ〜っ、凄く時間がかかったんだから」
「そこらじゅう、hよぉ〜っ、たくさんの木や石が置かれててね。。。」

そんなアニータさんが見せてくれたのは、日が落ちた後の青い道路で赤く燃えるタイヤ。
そして散乱する石やゴミ。
「うへ〜やってるね」と前にもあったFETカレッジCEOの汚職に対するストライキを思い出し、他人事のように対応していた。
ただ違っていたのは、今回は近隣一帯の水道サービスの停止に対するストライキ
ここらの水道は地方自治体が水道会社にお金を払っているようで、それにより近隣住民は町に点々とある蛇口から水を得られる。
しかし、この地方自治体でまたしても横領があったようで、その水道代が払われていなかった。
それで水道サービスがストップしたと聞いた。
僕はこのとき結構軽く考えていた。

アニータさんがひとしきり話して去った後、昨日に続きストライキ交通機関が使えないながらも生徒たちが集まり始めた。
1時間目は無事に終了したが、2時間目は無事には終われなかった。
算数の「比」の説明に夢中になっていると、突然生徒全員が立ち上がり教室の外に走り出した。
本当に彼らの瞬発力には驚かされる。
机は倒され飲み物が床にこぼれた。
僕は???と状況を咄嗟につかめなかった。
何の遊び?との思いも浮かんだが、一部の生徒の切迫した顔を見てそれはかき消された。

教室の外に出ると学校全体が人のどよめきで揺れいていた。
状況を把握しようと事務室の方に歩き出すと見慣れない厳つい男が変な棒を片手に近寄ってきた。
ちょっと目が危ない。酒場にいる男たちの目だ。
「My friend、俺たちのデモに参加しろ、参加しないと危害を加える。生徒もみんな呼んで来い」
えーっ!?そもそも友達じゃないし、あんたのこと知らないし、どうしたらいいかわからないよ。
でも僕の本能は従うことを選んだ。
逃げた生徒を呼び戻し、校門へ向かった。
その途中ムニシさんを見つけて、何が起こったかを聞いた。
彼は僕の手を取り「今は従うように」と教えてくれた。
それで少しほっとした。
それから石や金属の棒を持った人たちに誘導されながら黒煙を上げて燃えるタイヤを横目に、
舗装された幹線道路を500メートルくらい歩いた。
そのときもムニシさんは傍にいてくれた。
「できるだけ中心には行かないように」と。
でも僕の色の薄い肌は濃い肌の中ではあまりに目立つ。
いくら目をそらしても、やっぱりデモを引っ張っている輩の目に留まる。
「My friend、来てくれるよな?」と声をかけられる。
いやいやそんな目で見られたら行くしかないでしょ!逆らいません、逆らいませんから近寄るなー。
そんな感じで近くのガソリンスタンドまで行って、そこで集団が止まりばらけ始めたので、こっそり学校に戻った。

さて、こんな状況。それでも現地の人たちはお祭り騒ぎで踊ったりしている。
もちろんみんながみんなそうなのではなく、ムニシさんのように
「こんなデモは意味がない。指導者も主張もないじゃないか」
と冷めた目で見ている人も集団の外れにいる。
恐らく現地の人にとっては、これはデモであり暴力ではない。
でも僕らは違う。なぜかって肌の色が違うから。南ア人ではないから。
いつ彼らの怒りが僕らに向かってもおかしくない。
彼ら黒人(特に田舎では顕著)の中には未だに白人に対して憎しみを持っている人は多い。
しばし、白人の悪口を耳にするし(たいていは負け惜しみに聞こえる)、第一政党のユースリーグのリーダーがボーアを殺せ!と叫んでいたこともあった。
やはりそういう背景を考えると白人である(*)僕は恐怖を感じる。
(*彼らブラックからしたら僕はイエローではなくホワイトなのだ)

日ごろ彼らが自由の国、民主主義の国と誇らしげに叫んでいるが、今回のデモは恐怖政治のようだ。
個人の参加する意思なんてどうでもいい、とにかくこのデモを大きくしろ。
さもなくば、危害を加える。
これはテロリズムであって自由もクソもない。
僕は南アフリカの20世紀の歴史は素晴らしいと思っている。
あんなに傷の深いはずのアパルトヘイトを民衆が血を流さずに収めたのだから。
そんな素晴らしいかつての英雄たちが築いてきたものをこんな風に汚職テロリズムで汚してしまっていいのか?と思う。

キャンパスに戻るとすでに何人かの先生が戻っており、校長は自分の部屋に鍵をかけ篭っていたようだ。
そのわりには「あんたたちどうして外なんかに行ったの?ボスに報告してやるんだから」と言われてしまった。
やつらが来た時にすぐに逃げればよかったのかもしれないが、でもあの状況だったら言うこと聞いたほうが良かったんじゃないかと思ったからで、興味本位でデモに参加したわけではない。

なぜ校長はデモに参加しなかったのか。これは僕の推測だが、校長はWhiteriver(そこそこお金のある人が住む町)に住むほどの金持ち。
金持ちはデモをしている人の敵。自分だけ悠々とした生活しやがって、と怒りが向く危険がある。
そう考えたら凄く合点がいった。
そんな人よりムニシさんのように傍に寄り添ってくれる人の方がよっぽど信頼できる。


一度学校に踏み入ってきただけで、デモ隊はその後は学校には来なかった。外はまだ続いているが学校は長閑なものだ。

*今回は写真があった方が状況が伝わったと思うが、何せ状況が状況でカメラを持ち出せなかった。別の同居する隊員はカメラを向けたら石を投げられたというほどに、敏感になっていた。