フェンス越しの交流

フェンス越しの交流

僕の任地であり、住処でもあるムティンバキャンパス。
この敷地は警備員の小屋のあるゲートひとつを除いて、ぐるっと周辺をフェンスと鉄条網で囲われている。
南アでは特に珍しいことではない。個人の家などにも電気を流した鉄線が張られていることもある。

僕のフェンス越し隣にはPreciousさんが住んでいる。
畑で農作業しているといつも「Hey, How are you? Katawoka.」と言って話しかけてくれるとっても気さくな人。
きゃぴきゃぴに少し田舎の香りをトッピングしたような女性だ。
彼女と知り合ったのは赴任してすぐのこと。
畑を耕していると、フェンスの向こうから「水をちょーだい」と言ってきた。
フェンスの中は水に困ることはないが、外は水道がない家が殆どなので水汲みが大変なのだ。
その仕事が先日の日記にも書いたが、学校から帰った子供たちの仕事だ。
ホースをフェンスの向こうに伸ばして蛇口をひねると、わらわらとバケツやら盥がどこに隠されていたのか、出てきた。
その数20個くらいか。あとで別の家のバケツまで加わったから30個くらい。2時間くらい出しっぱなし。
最近はフェンス越しに3つの家に水のお裾分けをしている。
そのお返しにPreciousさんは郷土料理だったり、ポゥポゥ(パパイヤのこと)やまん丸の見たこともないアボカドをフェンスの網目から差し出してくれる。
また、Preciousさんはおばちゃんになりかけているので近所の話や世間話が好きだ。いろんなことを教えてくれる。
「今度は〜〜へ歩いていってみなさい」とか宿題まで出される始末だ。彼女には勝てない。


彼女には一人娘のInnocentがおり、彼女も親に似たのかなかなかにぎやかで元気な女の子。
彼女は英語を喋れないので、いつも現地語で「ぐnじゃーに、ぐnじゃーにぃ(How are you?)」を連呼する。
たいてい面白いから言わせておくのだが、たまに「nこーな!」と言って返事をすると嬉しそうにキャッキャッとするからかわいい。
フェンス越しの攻撃も侮れない。僕の眼鏡が珍しいのか引っ掻き取ろうとする。
フェンス越しにワニワニパニックさながらの光景だ。

そんなPreciousさんには悩みがある。来年からInnocentが学校に行き始めることで、自分が暇になってしまう。
家に一人取り残されて、退屈のためにどうにかなってしまうのではないか?と言うことだ。
自分も学校に行こうと思っている(南アは大人でもうまく手続きさえすれば無料で学校に行ける)ようだが、
何を学びたいのか分からないらしい。
また、自殺願望のある人の世話をしている話もしてくれた。
「こっちの人って自殺という概念ないんだろうなぁ」という勝手な想像が簡単にうち破られた。
あ、あるのか!彼らにも自殺!
次は、スワジランド(南アの国土に包含される国)の貧しさについて。
彼女曰く牛の糞を水に溶いて食べるほど貧しいようです。これには驚いた。ホントかな?

最後にこれが一番書きたかったこと。
Preciousさんのとっておきの話。
彼女の知人にお金持ちの男性がいるそうな。
その男性がある夜、妙な物音を聞いたとな。
お金持ちの彼は盗人か!?と疑心暗鬼の細砕心。
警察に知人がたくさんいる彼、すぐさまピポパ。
駆けつけた警察、見つけたものは、ちょこんと座ったネズミ一匹。
その騒動でその男性は大恥をかいたそうな。
Preciousさんのネズミの真似が面白い。金持ちの間抜けさを嘲笑するあのネズミ顔。
なんどもこの話をいろんな人にしてきたんだろうな、と思わせる演技力。
こっちは噂話の速度がかなり速い。この男性が哀れなり。
南アは治安が悪いので、金持ちは日々自分の金を守ることばかりに気を取られてしまい、
人を信じられなかったりして決して幸せではないと。
二人でこんな言葉を作った。
The poor is rich in their mind, the rich is poor in their mind.
昔話にありそうな話だ。Preciousさんは金持ちには厳しい。