韓国料理の店

さてゲストハウスに着くと、分科会を目的に上がってきた科学隊員の3人の方と近くの韓国料理屋に出かけた。
食べながらつくづく思う。距離の近さと料理の近さは比例するんだなぁと。
異国の料理と言えどもとてもほっとした。
店のオーナーのきびきびとした動きに懐かしさを感じ、そこで働く黒人の若い女性の一生懸命とテキパキ働く姿に感心した。
緑茶を頼んだら、若葉のお茶を出してくれ、韓国流のお茶の入れ方を教わった。
茶器には楓と菊の模様が描かれており、こんなところにも懐かしさを感じた。
楓は韓国でも一般的なモチーフとして描かれるようだ。
みなこの店が気に入ってしまい翌日も行くことになった。

首都に上る

町の雰囲気はストライキの余韻を残しながらもずいぶんと回復してきた。
道路にばら撒かれていたゴミや石、大木などは道の脇に寄せられ、車も行き交うようになった。
学校はと言うといまだに生徒は殆ど来ておらず授業にならない。

そんな任地を後にして首都に向かった。
首都に行くにはまず州都であるネルスプリットにミニバスで出て、そこから長距離バスに乗る。
それに乗れば首都(プレトリア駅)まで一気に行ける。
そこから滞在するべきゲストハウスまではタクシーである。

距離にしたら350km、道もよく、日本であったら4時間くらいだろうか。
でもこっちでは10時間かかる。結構疲れる。
でもバスの中では眠れるのでまだいい。

バス会社からは出発の30分前には搭乗手続きを済ませてください。
と言われているのだが、出発時間が1時間過ぎてようやくやってくるのが常だ。
ネルスプリットに着いてバス事務所で「バスは時間通りかい?」と聞くと、
「十五分だけ遅れます」と言われる。「おぉ、すごい、たった十五分だけか!」と感心している自分に気付いて、
「日本で十五分遅れたらみんな怒っちゃうしバス会社も大慌てだろうなぁ」と一人ニヤニヤしてしまった。

でもさすがに1時間過ぎてやってこないと、客の中には「まだ来ないの?」と心配になる人も出てくる。
かくいう僕も「知らないうちに出発してたりしないよなぁ」と心配になってくる。
実際バスがやってきたとき係りの人からバスが来ましたという報告はなく、なんとなく周囲のざわめきから察知するしかなかった。

バスに乗り込んで一息つくと寝不足から睡魔が襲ってきた。
それも計算のうち・・・
南アの人が公の場所であまり居眠りをしているのを見たことがない。
寝転がっているのは見かけるが眠っていはいない。
授業中も聞いていない生徒はいても眠っている生徒はいない。
普段から人前で寝るのを避ける彼らの習慣なのかもしれない。
この辺の事情を考えると日本はなんて安全で長閑なのだとも思える。
でも南アでもバスと飛行機の中では安心して皆眠るのである。
バスと言っても長距離バスだけだ。ミニバスでは眠ってはいけない。
僕も初め眠っていたら何度か注意された。

首都に着く前にヨハネスブルクを通る。
夕暮れの空に向かって伸びる高いビルの足元に、灰色に汚れた路地が横たわる。
白やガラス張りの近代的な三次元構造の隙間に人々は生きている。
灰色の中に色を添えるのはその人々だ。
縦横無尽に動き、一目見ただけではその動きの法則を捉えられない。
東京のように人の流れが明確ではない。
一見カオスの中にもしばらく見ていると流れが見出せる、こともあるが稀だ。
世界一危ない町と呼ばれるが、バスが通る道はそうは見えない。
表面しか見られないことを残念に思う。

パキスタン人の店の被害

まだストライキは続いているので夜でも外はにぎやかだ。
たくさん動いたせいで疲れ、四阿で休んでいると、ナトリウムランプでオレンジに色付けされた暗がりから妙な音が聞こえてきた。
ものを激しく破壊する音。100mくらい離れた店の方だ。
喰い尻さんが「店が襲われているな」と言う。
みんな商品を掻っ攫っていくのだと言う。
昼間の暑さが残る夜でも寒気を感じた。

案の定翌日昼間にパセリと見に行くと店は被害を受けていた。
扉が破られ、見るも無惨に商品がごっそりなくなっていた。
しかも厭らしい事に「パキスタン人が経営する店」だけが被害を受けていたのである。
隣の黒人が経営する店は全くの無傷だった。
無性に怒りが沸いてきた。
何が人種差別はなくなった、この国は自由だ!だ。
そして暴力に怯え商品を泣く泣く渡したパキスタン人が哀れでならなかった。
日ごろ近隣住民は近くで物が買えるという恩恵をこのパキスタン人から受けているのではないのか?
調子のいいときだけマイフレンドと声をかけ、ちょっとした事で簡単にそんな言葉は捨て去られる。
ストライキで食べ物がないからと言うだけなら、金を出して買えばいい。
金は持っているんだから。
実際のところ南アでは政府の援助が手厚いので、食べ物が買えなくて飢える人は殆どいない。
この近辺に限って言えば聞いたことはない。
酒におぼれて金がなくなっているのはよく聞くが。
公平を期してムニシさんの弁明も載せると、パキスタン人やインド人は税金も払わず店をやっている無法者だと聞く。
だから日々の鬱憤が募って襲ったんだと言う。
でもそんなものは子供の理論だ。
結局自分たちが働かずして物を欲しかっただけのことに過ぎない。
こっちの人に対する僕の嫌いな部分が浮き彫りになった出来事だった。

それでも大多数の人はそんなことをする人ではない。
でも彼らを止めなかった(止められるものでもないが)のは事実だ。
そういう社会を暗黙に許しているのも事実だ。

牛舎の掃除

牛舎を久々に見て、もの凄い量の糞がたまっているのに気付く。
糞の泥の中をグチャグチャと歩いているようだ。
牛の体も糞まみれだ。
これが南アのやり方なのか?
僕は日本のやり方すらも何もわからないのでなんとも言えないが、パセリに聞くとこれはまずいようだ。
と言うわけでパセリと二人、牛舎から糞を掻き出す事に。

もの凄い数のハエと時たま現れる糞虫に邪魔されながらも掻き出しに精を出す。
疲れて休むと肌が露出している部分にハエが50匹くらい止まる。こそばゆくてたまらない。
かつて、難民の体にハエがワサワサ付いているのを見たことがあったが、顔に関してはあんな感じだ。
でも僕は牛のように振り払えるだけましだ。
コバエも空気の色を変えるくらいいて、スコップを動かすたびにプチプチと肌にぶつかるのを感じる。
糞が醗酵して硫化水素アンモニアを発生していて気分が悪くなる。
牛番アルファは何をしていたのだ。もう。
一輪車にして30杯はあった。
幸いグニ牛(皮専用)と呼ばれるこの牛は極めて強い牛なので病気はしていないが、相当ストレスが溜まっているに違いない。

水不足

水が未だに手に入らないことによる、キャンパスの動物たちの影響は深刻だ。
昨日は牛が猛烈に「水がねーぞぅ!」と叫びだし、山羊たちもその狭間で「水がないよー」と叫んでいた。
牛は角をぶつけわずかな水を求め戦い始めた。
それでも動物を担当している握り師(ニギリシ)さんは、どうせ手に入らないからと行動する気配はない。
こういう平常心はまねたくないが凄いと思う。動じない。動物のことだからか。

あまりに牛の様子がおかしいので水を何とかして手に入れるため学校内を探し回った。
水はすぐに見つかった。いつも水を溜めておくタンクの底にかき集めれば、程度に残っていた。
タンクは結構大きいのでわずか数センチの高さの水でもかなりの量になる。
そこらに転がっているホースを使って理科の実験なんかでよくあるサイフォンで集めだした。


一週間はこれで何とかもつ。一生懸命集めた水を牛にやると、うまそうにゴッキュゴッキュ音を立てて呑み始めた。
弱いものは追いやられ順番を待つ。あげてもあげても飲む、飲む。相当に乾いていたようだ。

そんなこんなしていると、喰い尻さんが隣のバス会社の水道から水をもらえるように交渉してきてくれた。
決して動物のためではなく、自分たち人間の体を洗う用の(飲むことに関しては何とかなるので)。
水の問題は一時解決した。一時だが。。。

汚職まみれ

チャーリーさんから聞いた話では、かつて僕の任地では大きな水道管工事が行われ、貯水タンクまで設けられたそうだ。
これが完成すれば近隣住民は水の獲得が格段に楽になる。
しかしもう少しで完成というところで莫大な施工資金が横領され、この計画は流れてしまったらしい。
そして現在の自治体が再び計画を再開しようとしているが、書類の手続きや議論に時間がかかり、既に5年の歳月を経ている。
このことは他の生徒からも聞いている。
パセリにしろ、生徒にしろ、チャーリーさんにしろみんなが皆、これらの不正を嘆き憤りを見せる。

パセリに聞いたことがある。
「どうしてみんなのお金をそんな風に簡単に私欲に使えるのだろうね」
するとパセリは「自分で使うだけじゃないよ、彼らの困っている友達にも分けるんだよ」と。
ちょい待ち!彼と友達じゃない人はどうするのさ!
自分の友達じゃないと助けない。友達じゃない人はどうなってもいい。
ますます彼らの言う友達が分からなくなってきた。
そうして不正で莫大なお金を得た人間が都市に移り、BMWやBenzを乗り回しているのだそうだ。
「警察や監査機関は何してるの?」と聞くと、
たいていの場合コネクションによってもみ消されてしまう、という。
もう最低だ。頼むから少しは他の人のことを考えてくれ、と言いたい。
水が飲めないで困る人の顔が奴らには少しも浮かばないのか?
そんな想像力もない人間がこの国の上の方にたくさん蔓延っているのだとしたら、あまりに悲しい。
日本だってそんないい加減な国に貴重な税金をつぎ込んでいると知ったらいい気持ちはしないだろう。
ホント頼むからしっかりしてくれ。
汚職や不正が途上国の支援を難しくする要因になっているのは言うまでもない。
10出しても本当に必要な人たちに届く頃にはいくらもないんだ。
これでは支援する側としてはあまりに虚しい。

国の汚職の酷さを測る指標にCPI(Corruption Perceptions Index)というのがある。
汚職・不正をどれだけ鋭敏に発覚させられるかという指標で、ある意味その国の政治の透明性を表すものといえるだろう。
Wikiで検索するとマップ上に色分けされた世界地図が出ていて、各国CPIを見られる。
南アフリカを見るとアフリカ大陸の中ではいい方であることが凄い。
これだけ周りで横領、汚職、不正が蔓延っていてましな方とは、、、

一方で先月南アにもこうした汚職や不正を監視するNPO団体(Corruption Watch)が設けられた。
これはインターネットや携帯を使って汚職報告ができるシステムも持っている。
南アフリカも変わろうとしている。そんな南アフリカの今に立ち会えた事を喜ぼう。

まさか柔道!?


まだ外はにぎやかだ。
上空には報道陣や警察のヘリが旋回している。
時々警察の厳つい車両が来ると、道路で騒いでいた奴が路地に逃げ込んでくる。
警察が放つゴム弾の鉄砲が怖いのだ。
当たっても皮膚を破壊するほどではないが、かなり痛いらしい。
また路上に障害物を置いた者を探し出して捕まえているらしい。

ストライキの原因「水が出ない」のでいつも食べてるパスタもパップも作れない。
門のすぐ外の店に食パンを買いに行った。
生徒数人とパセリ、警備員、その他近所の人が数人いた。
今日のストライキの話をまったりと話しているところへパトカーが来た。
ある者は脱兎の如く逃げ出し、ある者はじっと身構える。
僕も無実を証明しようと今までの動作の流れ、じっと座っていること、を続けた。
4人の警察官のうち3人は逃げた奴を追いかけた。
残る一人は僕らのほうにやって来て、おどおどして今にも逃げたそうにしている青年に銃を向け取り押さえた。
が、ひとたび警官が銃をしまうと青年は必死に暴れ始めて逃げようとする。
その拍子に銃がガンホルダーから床に落ちる。
(うぉー早く拾ってくれ・・・)
警官はあわてて拾う。
その時もう一人の警官が戻ってきて二人がかりで青年を押さえ込んでパトカーに連れて行く。
それでも無罪を主張し、逃げようとする青年に大外刈りのような技で冷静に対応。
その間みなじっとしてその光景に見入っている。
あっという間に青年はパトカーに放り込まれた。
こっちのパトカーって簡単に放り込めるようになのか、後ろがかぱっと開き大きな空間になっている。
彼を乗せたパトカーは寂しそうな彼の最後の主張をこぼしながらドナドナ去っていく。

去った後、何事もなかったようにまた話が始まる。
彼、無罪なのにね。。。とか。
え!?無罪って知ってたのにだまってたの!?
不思議だ。彼が無罪と分かっていても誰もそれを警察に話すことはしなかった。
ただじっと私は関係ありません。という体で。
日本であれば警察に事情を話すとか一緒にパトカーに乗って警察署で事情を説明するだろう。
でもここではそんなことはしない。
はまだこういった習慣に慣れないでいる。
先日も町で2対1で殴り合いの喧嘩があったときに、周りの人間は誰も止めようとせず、笑いながら見ているだけ。
その後一人で戦っていたほうがノックアウトされ、地面に倒れた。
それでも殴ったり蹴ったり。しばらく続いたが、誰も止めに入らない。
怖い。こういう状況は凄く怖い。
自分が巻き込まれても誰も助けてくれないんだなと思ってしまう。
親しい人には優しいが、一緒の町に住んでいる人に対してはとても冷ややか。
いや、そもそも助けにいける雰囲気でもないのだ。
日本以上にとんでもない輩がたくさんいるので、助けることで自分が危うくなる可能性が高い。
そう考えると、一般人が喧嘩の仲裁に入れる日本はとても穏やかなで健全な国なのかもしれない。